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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)186号 判決 1949年12月28日

東京都江東区深川白河町一丁目八番地

控訴人

林はな

右訴訟代理人

弁護士

松本乃武雄

被控訴人

右代表者

法務総裁 殖田俊吉

右指定代理人

岡本元夫

照山鷹丸

本橋孝雄

右当事者間の昭和二十四年(ネ)第一八六号不当利得金返還請求事件につき当裁判所は次の通り判決する。

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金五千円及びこれに対する昭和二十一年一月十四日から完済に至るまで年五分の割合による金額を支拂へ、控訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求める旨申し立て、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

証拠として、控訴代理人は甲第一乃至第六号証(但し甲第四号証は写をもつて)を提出し、原審証人三木富五郞、鈴木ふみの各証言及び原審における控訴人(原告)本人尋問の結果を援用し、

被控訴代理人は、甲第一第二及び第五号証の各成立並びに甲第四号証の原本の存在及びその成立をそれぞれ認め、その余の甲号各証の成立は不知をもつて答えた。

理由

控証人の先代林吾六が昭和十三年七月七日に訴外鈴木ふみから金二千三百七十七円八十一銭を利息元金百円につき一日金一銭七厘、同月から毎月末日かぎり金十五円宛(昭和十六年四月から毎月末日かぎり金二十五円宛)分割弁済の約定で借り受け、右債務の弁済を担保するため、吾六所有の東京都江東区深川白河町(当時東京市深川区白河町)一丁目八番地所在の木造瓦「トタン」交葺二階家一棟建坪十坪一合二五才二階八坪三合七五才の建物(以下單に本件建物という)を同訴外人に売り渡した事実は、原審証人鈴木ふみの証言、原審における控訴人本人尋問の結果、成立に争がない甲第二号証、当裁判所が真正に成立したと認める甲第三号証によつてこれを認めることができ、同日右売買による所有権移転登記がなされたことは当事者間に争がない。控訴人は控訴人の先代吾六は右鈴木ふみに対する債務を昭和二十年二月末日をもつて完済したので本件建物の所有権は同人に復帰したが、当時鈴木ふみは疎開のため移転の準備に忙殺されていたので、登記は右吾六の名義に改めることができず、鈴木ふみ名義のままであつたと主張し、前記証人鈴木ふみの証言及び控訴人本人尋問の結果によれば右主張事実を推認するに難くない。次に昭和二十年二月中に保險契約者鈴木ふみの名義をもつて右建物及び同建物内の家財道具一式を目的として千代田火災海上保險株式会社との間に保險金額五千円の普通及び戰争火災保險契約が締結せられたことは当事者間に争のないところであるが、原審証人三木富五郞の証言によつて真正に成立したと認められる甲第六号証によれば、右保險契約締結の日時は、控訴人先代吾六が前記債務を完済する以前である昭和二十年二月十七日であつたことが認められ、当時は控訴人の主張によつても本件建物の所有権は(前記売買が売渡担保である関係上少くとも外部関係においては)未だ鈴木ふみに属し控訴人先代吾六に属していなかつたということができる。この事実と原審証人三木富五郞及び同鈴木ふみの各証言とを合せ考えれば、右保險契約の締結の衝に当つた者が吾六であり、保險料も同人が支拂つたものだとしても、同人は鈴木ふみの代理人として右保險契約を締結したものであり、右保險契約における保險契約者、また従つて被保險者は名実共に訴外鈴木ふみであつたと認めるのが相当である。

次に本件建物が昭和二十年三月十日の空襲によつて燒失したことは当事者間に争がないところであり、当時右建物が既に控訴人先代吾六の所有に復帰していたことは推認することができるし、従つて商法第六百五十條第一項の規定によつて前示保險契約上の権利もまた既に鈴木ふみから右吾六に讓渡せられたものと推定するに難くないが、右建物の登記簿上の所有名義が依然として訴外鈴木ふみであつたことは上述の通りであり、しかも右所有権乃至保險契約の権利の移転について、千代田火災海上保險株式会社に対する通知、同会社の承認又は保險証劵の裏書等があつた事実はこれを認めるに足りるなんらの証拠もないから、右保險契約上の権利移転もふみと吾六との内部関係に止まり従つて右建物の燒失によつて同会社に対して前示保險金五千円の請求をなし得る者は鈴木ふみであつて、控訴人の先代吾六ではなく、右保險金請求権は單に右ふみと吾六との内部関係においてのみ吾六のものであつたといい得るにすぎない。

しかして千代田火災海上保險株式会社が右保險金の決済として預主を鈴木ふみとして株式会社帝国銀行東京支店に対して保第二〇〇〇号金五千円の特殊預金を設定したことは当事者間に争がないところであるから、右預金債権もまた鈴木ふみの権利に属していたものといふことができる。控訴人は右預金債権は実質上先代吾六のものであつたと主張するが前示の通り保險金請求権が鈴木ふみのものであつた以上、同人と右吾六との内部関係においてはともかく右銀行その他の第三者に対する関係においては、右預金債権は鈴木ふみの権利に属するものであつたという外はなく、従つて昭和二十一年二月十日右吾六の死亡によつて控訴人がその家督相続をした(この事実は当事者間に争がない)としても控訴人において右預金債権を取得するに由がない。

果してしからば昭和二十一年十月三十日に施行せられた戰時補償特別措置法によつて戰争補償特別税を課せられる者は訴外鈴木ふみであり、同人が同法第十四條、同法施行規則第二十五條によつて同年十一月三十日までに法定の申告書の提出をしなかつたことは当事者間に争がないところであるから、前示銀行が戰時補償特別措置法第十九條の定に従つて右特殊預金を鈴木ふみに拂戻し、同人の取得すべき金五千円を戰時補償特別税として徴收してこれを政府に納付したことは正当であつて、本件課税処分にはなんらの違法がなく国はこれによつてなんら不当に利得したところがない。

以上の次第によつて、本訴請求は理由がないことが明らかであるから、原審が本訴請求を棄却したのは結局相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四條第八十九條によつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 大野璋五 判事 柳川昌勝 判事 浜田宗四郞)

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